『迷子の警察音楽隊』
●製作:イーロン・ラツコフスキー、イハッド・ブライバーグ、ヨシ・ウズラッド、コービー・ガル=ラデイ、ガイ・ジャコール 共同製作:ソフィー・デュラック、ミシェル・ザナ 監督:エラン・コリリン 脚本:エラン・コリリン
●出演:ザッソン・ガーベイ、ロニ・エルカベッツ、サーレフ・バクリ、カリファ・ナトゥール
●2007年/イスラエル・フランス/86分/12月22日より日本公開
●配給/日活
●出演:ザッソン・ガーベイ、ロニ・エルカベッツ、サーレフ・バクリ、カリファ・ナトゥール
●2007年/イスラエル・フランス/86分/12月22日より日本公開
●配給/日活
エジプト人たちの音楽隊が、イスラエルの砂漠のど真ん中の町で立ち往生してしまう。『迷子の警察音楽隊』は、そんな異文化の係わり合いを暖かく、楽しい語り口でとらえた一作である。何か深刻な話題を語るとき往々にして必要なのは、軽い語り口なのでは、と気付かせてくれる作品でもある。新人監督エラン・コリリンの構図に対する視線は楽しさに溢れ、俳優たちをうまく動かす手腕も持っている。可愛いらしくなってしまいそうなぎりぎりのところで遊びを入れるというきらいはあるものの、行き過ぎる前に抑えを効かせるという配慮もなされている。イスラエルで観客の絶賛を集めることは確実であろうし、もし公開が許されるならば、エジプトでも同様の結果を得るはずである——海を越え、その他の国々でも歓迎以上の扱いをもって受け入れられること必至の作品である。
エジプトの音楽隊がイスラエルの砂漠の町で迷子に
アレキサンドリア警察音楽隊が空港に到着しても、迎えにくるはずの世話人は姿を見せない。彼らは自らバスに乗り、演奏するはずの場所へと向かう。だが、たどり着いたところは、まるで辺鄙な町。その上、彼らが目指していた町でもない。さらに悪いことに、最終バスは発車してしまった後。彼らには、自分たちがどこに行けばいいのかさえわからない。メンバーたちからあがる不平不満をどうにかするため、指揮者のトゥフィーク (サッソン・ガーベイ)は、カフェの経営者ディナ(ロニ・エルカベッツ)の提案を聞き入れ、しぶしぶ一晩世話になることで話をつける。
ディナの家に同宿したのは、トゥフィークとハンサムな女好きカーレド(サーレフ・バクリ)のふたり。ディナは、口は悪いが、外交的で陽気な自信家、その上、あけっぴろげな性生活を隠そうともしない。それまでタウフィクが触れてきたようなタイプの女性とはまったく正反対。それでも、不器用で物憂げなリーダー、トゥフィークは断りきれず、ディナの誘いを受け、夕食を共にする。彼女の飢えたようなおふざけぶり。彼の控えめで紳士的な哀しみ。そんな二人の間には、互いを理解しようという気持ちが芽生えていく。
ディナの家に同宿したのは、トゥフィークとハンサムな女好きカーレド(サーレフ・バクリ)のふたり。ディナは、口は悪いが、外交的で陽気な自信家、その上、あけっぴろげな性生活を隠そうともしない。それまでタウフィクが触れてきたようなタイプの女性とはまったく正反対。それでも、不器用で物憂げなリーダー、トゥフィークは断りきれず、ディナの誘いを受け、夕食を共にする。彼女の飢えたようなおふざけぶり。彼の控えめで紳士的な哀しみ。そんな二人の間には、互いを理解しようという気持ちが芽生えていく。
それぞれの次元で言葉と文化を超えた交流をする隊員たち
その頃、カーレドは、人づき合いの苦手なパピ(シュローミ・アブラハム)を夜の街のディスコに誘い出し、おもしろおかしく女性の口説き方を伝授していく。他の楽隊のメンバーは、楽隊第二の男シモン(カリファ・ナトゥール)に率いられ、イツィク(ルビ・モスコビック)の家に泊まる。彼の家族からは厳しい目を向けられ、それでいながらも、何かを達成するという瞬間を迎える。夕食の席で演奏される「サマータイム」の楽しさにも助けられ、これらのシーンは何か深遠なことを伝えつつも、決して高圧的になっていない。
物語の終わりが近づくにつれ、登場するイスラエル人とエジプト人は、互いに関して何かを学び取るだけでなく、彼ら自身、自分自身に関する何かを学んでいくのである。とってつけたように楽観的になることなく、何かを学び取ることを伝え切るのは、才能なくしては出来ないことであろう。しかし、脚本から見ても、演出の面から見ても、コリリンはこの映画で、役割以上のことを成し遂げている。彼の乾いたユーモアも、気の利いたスタイルも、観る者の目をしっかりと楽しませてくれる。また、個性が作り出す突飛な行動に対する彼自身の視点も、見ていて楽しい。
物語の終わりが近づくにつれ、登場するイスラエル人とエジプト人は、互いに関して何かを学び取るだけでなく、彼ら自身、自分自身に関する何かを学んでいくのである。とってつけたように楽観的になることなく、何かを学び取ることを伝え切るのは、才能なくしては出来ないことであろう。しかし、脚本から見ても、演出の面から見ても、コリリンはこの映画で、役割以上のことを成し遂げている。彼の乾いたユーモアも、気の利いたスタイルも、観る者の目をしっかりと楽しませてくれる。また、個性が作り出す突飛な行動に対する彼自身の視点も、見ていて楽しい。
調和のとれた俳優たちの演技
俳優たちの演技はどれもすばらしく、調和が取れている。中でも迫力ある演技を見せるエルカベッツは出色で、人をバカにしているようでいて心温かく、その上、心根はか弱いという役柄で、心地よいコミカルな魅力を見せている。彼女が威張るようにして頭を小刻みに動かすのも、技巧というよりは自分を守る盾として使っているのが良くわかる。彼女とガーベイの組み合わせも、おどおどした彼の目が食って掛かるような情熱的な彼女の視線を怖がっている様をうまく見せ、完璧。新人バクリもまた、絶妙なタイミングに光るような才能を見せ、わかりやすい魅力を存分に振りまいている。
この作品は、視覚的な部分でも十二分に楽しませてくれる。監督コリリンの作り出す画面の構成は、とても気の利いたセンスに溢れている。思いもかけないところで人物をフレームに出入りさせる方法は、やりすぎでなく、最大限に愉快な効果を生み出している。音楽隊の着る青い制服も、砂漠という背景に良く映え、彼らがよそ者であること、そしてこれはこの映画が最も伝えたいことなのであろうけれど、彼らには、そこにいるもっともな理由があるということを視覚的に連想させてくれている。異文化が出会うときに理想的な相互理解をもたらすことのできる音楽、これもこの映画のテーマにすばらしく貢献している。
この作品は、視覚的な部分でも十二分に楽しませてくれる。監督コリリンの作り出す画面の構成は、とても気の利いたセンスに溢れている。思いもかけないところで人物をフレームに出入りさせる方法は、やりすぎでなく、最大限に愉快な効果を生み出している。音楽隊の着る青い制服も、砂漠という背景に良く映え、彼らがよそ者であること、そしてこれはこの映画が最も伝えたいことなのであろうけれど、彼らには、そこにいるもっともな理由があるということを視覚的に連想させてくれている。異文化が出会うときに理想的な相互理解をもたらすことのできる音楽、これもこの映画のテーマにすばらしく貢献している。

































