●監督:デイヴィッド・リーフ、ジョン・シャインフェルド 脚本:デイヴィッド・リーフ、ジョン・シャインフェルド 製作:デイヴィッド・リーフ、ジョン・シャインフェルド 共同製作:ピーター・S・リンチ2世 製作総指揮:サンドラ・スターン、ケヴィン・ベッグス、トム・オルテンバーグ、ニック・メイヤー、スティーヴ・ロゼンバーグ、ローレン・レイジン
●出演:カール・バーンスタイン、ノーム・チョムスキー、ウォルター・クロンカイト、アンジェラ・デイヴィス、ロン・コヴィック、オノ・ヨーコ
●2006年/アメリカ/95分/2007年12月8日より日本公開
●配給:ザナドゥー
●出演:カール・バーンスタイン、ノーム・チョムスキー、ウォルター・クロンカイト、アンジェラ・デイヴィス、ロン・コヴィック、オノ・ヨーコ
●2006年/アメリカ/95分/2007年12月8日より日本公開
●配給:ザナドゥー
ジョン・レノンが、憧れのビートルズの一員から政府に付けねらわれる平和提唱者に生まれ変わっていった過程を追うことが、言ってみれば、『PEACE BED アメリカ VS ジョン・レノン』におけるデイヴィッド・リーフの狙いである。本作は、行動主義をもって信念を貫き続けたアーティストの姿を説得力のある形で追い、記録にとどめることに成功している。しかし、ヨーコ・オノの協力を得、保管室の扉を開けてもらうために、その筋書きは、ジョンが聖人であるという捉え方を踏襲し、彼の暗黒の時代や二人が離れ離れになっていた時期を割愛するというヨーコ自身が推奨する略歴をたどらなければならなかったようである。この点がはっきりと描かれていれば、アーティストの横顔をよりくっきりと陰影のついたものとして描き出せていたことは間違いがないだろう。ジョン・レノンの熱狂的なファンは、封切から程遠くない時期に劇場に駆けつけるであろうし、政治に関心を持つ向きにも作品自体は歓迎されるであろう。しかしながら、ニクソン時代に巻き起こった反戦の動きを、現在のブッシュ叩きに関連付けたのは、少々やり過ぎであった感は否めない。
ビートルズ以降の違ったジョン・レノンを浮き彫りにする視点
ジョンの政治的活動や次第に子煩悩な父親となっていく彼の姿を切り取り、描く手法で、リーフとジョン・シャインフェルドは、ビートルズ脱退以降の年月におけるジョンに、いままでとは異なった視線を向けている。曰く、ジョンは世界平和を唱えた理想主義者であると同時に、「フラワー・パワー」が失敗であったことに気がついていた。曰く、ジョンは、歯に衣着せぬ言葉を使い、独善的な民衆扇動者ばかりであった反戦主義のリーダーたちから一線を画した理想的な改宗者であったのだ。「私たちが唱えているのは、平和にチャンスを与えてほしいということだけだ」 彼の歌詞は、あまりに簡単明瞭であり、そのためにニクソン政権は怯え慄き、ジョンの行動を盗聴し、監視し、そして国外追放命令を下したのだ、と。
「彼は著名な人物であった。ゆえに、彼の行動は監視されていた」 G・ゴードン・リディは、事も無げに言う。J・エドガー・フーバー時代のFBIを思わせ、背筋が寒くなる。しかしながら、このドキュメンタリーでは、アメリカ合衆国を擁護するのは、リディだけである。その他の語り手 - スポークスマンであったエリオット・ミンツから始まり、ブラック・パンサーのボビー・シール、その他のミュージシャン、弁護士、政治家たち、そういったジョンの生涯にかかわりを持つ人物たちの全員が、一様に政府の行った行為が愚かであったと口を揃えるように自説を展開する。
「彼は著名な人物であった。ゆえに、彼の行動は監視されていた」 G・ゴードン・リディは、事も無げに言う。J・エドガー・フーバー時代のFBIを思わせ、背筋が寒くなる。しかしながら、このドキュメンタリーでは、アメリカ合衆国を擁護するのは、リディだけである。その他の語り手 - スポークスマンであったエリオット・ミンツから始まり、ブラック・パンサーのボビー・シール、その他のミュージシャン、弁護士、政治家たち、そういったジョンの生涯にかかわりを持つ人物たちの全員が、一様に政府の行った行為が愚かであったと口を揃えるように自説を展開する。
大衆を先導する力を持ったジョン・レノンの姿
その当時を共有してきた観客たちにとって、この作品『PEACE BED アメリカVS ジョン・レノン』は、ジョンの勇敢さ、退却を知らない心構えを思い出させてくれることになるだろう。「イマジン」や「インスタント・カーマ」、「ラブ」や「レボルーション」といった歌の説得力に心引かれる、35歳以下の観客たちにとっては、政府の破壊的な態度をはっきりと映しとらえた作品となるのだろう。
物語は1971年のクリスマス数週間前、ジョン・レノンがジョン・シンクレアに対する慈善興行の舞台に立つシーンから始まる。シンクレアとは過激な反戦活動家でありMC5の首謀者、そして、おとり捜査の刑事に二本のマリファナを売ったことで服役を余儀なくされた人物である。FBIもジョンが大衆を扇動できる力を持っていることは重々承知であった。その上、レノンは反体制的若者の集団イッピーズやブラック・パンサーのリーダーといった人物や過激な行動で知られる友人たちに囲まれていた。
その後、物語は少し後戻りをして、ビートルズが最初に重大な物議をかもした事件を描き出す。ビートルズが若者たちの人生に与える衝撃は、イエス・キリストのそれよりも大きいとしたジョン・レノンの発言事件である。この発言はゆがめられ、誇張されて広まり、多くの反ビートルズ運動を展開させてしまう。ベトナムからの映像やロンドンでの平和と反戦のためのデモの様子が、この事件に絡めて描かれる。特に、ビートルズが出席した記者会見で、政治的な質問がなされたときの様子が出色である。ジョンが熱弁を振るい答えを出そうとする中、他の三人はだんだんと居心地の悪そうな様子を見せていくのである。
物語は1971年のクリスマス数週間前、ジョン・レノンがジョン・シンクレアに対する慈善興行の舞台に立つシーンから始まる。シンクレアとは過激な反戦活動家でありMC5の首謀者、そして、おとり捜査の刑事に二本のマリファナを売ったことで服役を余儀なくされた人物である。FBIもジョンが大衆を扇動できる力を持っていることは重々承知であった。その上、レノンは反体制的若者の集団イッピーズやブラック・パンサーのリーダーといった人物や過激な行動で知られる友人たちに囲まれていた。
その後、物語は少し後戻りをして、ビートルズが最初に重大な物議をかもした事件を描き出す。ビートルズが若者たちの人生に与える衝撃は、イエス・キリストのそれよりも大きいとしたジョン・レノンの発言事件である。この発言はゆがめられ、誇張されて広まり、多くの反ビートルズ運動を展開させてしまう。ベトナムからの映像やロンドンでの平和と反戦のためのデモの様子が、この事件に絡めて描かれる。特に、ビートルズが出席した記者会見で、政治的な質問がなされたときの様子が出色である。ジョンが熱弁を振るい答えを出そうとする中、他の三人はだんだんと居心地の悪そうな様子を見せていくのである。
レノンの行動主義を開花させたオノ・ヨーコとの出会い
そして、ジョンはヨーコと出会う。
「ジョンがヨーコと出会ったとき、彼は自分の声のもう半分を見つけ出したのです」こう語るのは、スポークスマンのミンツであり、事実、この後、レノンの行動主義は次々と開花していくのである。ビートルズの8年にわたる活動の最後に生まれた歌は、彼ら二人の新婚ベッドの中にあつらえられた7日間の抗議行動に取って代わられてしまう。ジョンの著名さや機知、そして野心の中に完璧なパートナーを見出したのは、ヨーコのパフォーマンス・アートにおける突飛な行動だった。二人は衆人の注目を集め、「バギズム」といった言葉を日常的なものにしてしまった。
著名であったことで、ジョンはテレビのトークショーに担ぎ出され、これによって、アメリカ中産階級と過激な政治的思想を話し合う機会を彼は得てしまう。(ここで見過ごされているのは、ジョン・レノンが、それまでに音楽やファッション、そして芸術といった意味で世界を変えてしまっていたという現実であり、その時になって彼が初めて政治や社会秩序に目を向けだしたということである。彼はその時まだ30歳であったことも見過ごされている。)
ジョンが英国でマリファナ不法所持の手入れを受けていたことを理由に彼を好ましくない人物とした、アメリカ上院議員ストローム・サーモンドは、彼のビザを剥奪することを提案する。ジョンの国外追放は、1972年3月15日を期限とすると宣告されてしまう。だが、彼は移民弁護士レオン・ワイルデスとともに戦うことを選択し、ジョン・ミッチェルとその取り巻きを陰謀容疑で告訴するのである。運命のいたずらかと思えるような人生の喜びを示す例の一つなのであろう、ジョンが、その戦いの末、米国でのグリーンカードを手にするのは、彼の誕生日、そして息子ショーンの生まれた数時間後のことであった。
「ジョンがヨーコと出会ったとき、彼は自分の声のもう半分を見つけ出したのです」こう語るのは、スポークスマンのミンツであり、事実、この後、レノンの行動主義は次々と開花していくのである。ビートルズの8年にわたる活動の最後に生まれた歌は、彼ら二人の新婚ベッドの中にあつらえられた7日間の抗議行動に取って代わられてしまう。ジョンの著名さや機知、そして野心の中に完璧なパートナーを見出したのは、ヨーコのパフォーマンス・アートにおける突飛な行動だった。二人は衆人の注目を集め、「バギズム」といった言葉を日常的なものにしてしまった。
著名であったことで、ジョンはテレビのトークショーに担ぎ出され、これによって、アメリカ中産階級と過激な政治的思想を話し合う機会を彼は得てしまう。(ここで見過ごされているのは、ジョン・レノンが、それまでに音楽やファッション、そして芸術といった意味で世界を変えてしまっていたという現実であり、その時になって彼が初めて政治や社会秩序に目を向けだしたということである。彼はその時まだ30歳であったことも見過ごされている。)
ジョンが英国でマリファナ不法所持の手入れを受けていたことを理由に彼を好ましくない人物とした、アメリカ上院議員ストローム・サーモンドは、彼のビザを剥奪することを提案する。ジョンの国外追放は、1972年3月15日を期限とすると宣告されてしまう。だが、彼は移民弁護士レオン・ワイルデスとともに戦うことを選択し、ジョン・ミッチェルとその取り巻きを陰謀容疑で告訴するのである。運命のいたずらかと思えるような人生の喜びを示す例の一つなのであろう、ジョンが、その戦いの末、米国でのグリーンカードを手にするのは、彼の誕生日、そして息子ショーンの生まれた数時間後のことであった。
映像のテーマ性に合わせ、効果的に使われるレノンの音楽
作中、40曲にも及ぶ彼の歌 - そのうち37曲は彼のソロ活動からの作品である - が、年代は無視され、映像のテーマ性に合わせて効果的に使われている。同様に効果的なのは、彼のボーカルと取り除いたインストルメンタルバージョンの彼の曲で、物語を通して劇版音楽の役割を果たしている。
詩を書くにあたり、包み隠さずいること、そして時代の緊迫感を信条としていたジョンを描くために、彼の歌が一役も二役もかっていることは否定できないが、彼のことを知れば知るほど、年代を無視して並べられた音楽が耳障りに思えてきてしまう。しかしながら、『PEACE BED アメリカVS ジョン・レノン』は、ソングライターとしてのジョンの変遷を披瀝することを第一義としているのではない。本作は、自分自身で経験してきたことを普遍的な魅力を持つ言葉に込めていった芸術家の進化を見つめることを狙っているのである。
本作は今年9月15日の劇場公開前に、ベニス、テルライド、トロントといった映画祭で上映された。また、製作資金の援助をしたVH1でも、ロック・ドキュメンタリー・シリーズの一環として放映されることになっている。
詩を書くにあたり、包み隠さずいること、そして時代の緊迫感を信条としていたジョンを描くために、彼の歌が一役も二役もかっていることは否定できないが、彼のことを知れば知るほど、年代を無視して並べられた音楽が耳障りに思えてきてしまう。しかしながら、『PEACE BED アメリカVS ジョン・レノン』は、ソングライターとしてのジョンの変遷を披瀝することを第一義としているのではない。本作は、自分自身で経験してきたことを普遍的な魅力を持つ言葉に込めていった芸術家の進化を見つめることを狙っているのである。
本作は今年9月15日の劇場公開前に、ベニス、テルライド、トロントといった映画祭で上映された。また、製作資金の援助をしたVH1でも、ロック・ドキュメンタリー・シリーズの一環として放映されることになっている。

































