『シアトリカル』
●監督・脚本・構成:大島新 プロデューサー:於保佐由紀 製作:柏井信二 撮影:桜田仁 編集:斎藤淳一 音響効果:金田智子 EED:池田聡 MA:高木創 助監督:堀越俊 宣伝:伊藤麻衣子
●出演:唐十郎、鳥山昌克、久保井研、辻孝彦、稲荷卓央、大鶴美和子、大鶴美仁音、大鶴佐助
●配給:いまじん 蒼玄社
●2007年・日本・ビデオ・カラー・102分・12月1日よりシアターイメージフォーラムにて日本公開
●出演:唐十郎、鳥山昌克、久保井研、辻孝彦、稲荷卓央、大鶴美和子、大鶴美仁音、大鶴佐助
●配給:いまじん 蒼玄社
●2007年・日本・ビデオ・カラー・102分・12月1日よりシアターイメージフォーラムにて日本公開
これは唐十郎が戯曲「行商人ネモ」(ネモの由来は当然「海底二万哩」のネモ船長)の脚本を書き上げた朝から七転八倒の稽古の日々を経てテントでの上演に至るまでを追い続けたドキュメンタリーである。監督の大島新は、かつてフジテレビで「ザ・ノンフィクション」「NONFIX」を手がけ、独立後はTBS「情熱大陸」などで活躍する敏腕ディレクターだが、「情熱大陸」で唐十郎をとりあげたことがきっかけで、この異形の劇作家をもって1本作品を撮ってみようと思い立ったそうである。そんな唐十郎=大島新という組み合わせに思わず刮目させられるのは、大島新がかの大島渚監督の次男であるからだ。大島渚監督は1968年、ATGで『新宿泥棒日記』という異色作を撮っているが、これは当時の騒然たる新宿を舞台に、唐十郎、横尾忠則、紀伊国屋書店社長の田辺茂一といったこの街ゆかりのアーティスト、文化人たちを動員し、喧騒に満ちた性と革命のメルヘンを立ち上げようとする試みだった。そして今、奇しくも『新宿泥棒日記』の年に生まれた大島渚ジュニアが、改めて唐十郎と邂逅して映画を作ろうというのだから、興味津々である。
唖然とするほどの精力的な狂いぶり
そんな『シアトリカル』だが、唐十郎の破天荒な日常を追いかけて、まずは被写体の魅力だけですでに間然するところなし、である。われわれは唐十郎が60年代以来のアングラ演劇の寵児(今や番人?)であり、80年代にはパリ人肉食事件をモチーフにした「佐川君からの手紙」で芥川賞作家となったことなどは知っているが、現在の唐がどんな日常を過ごし、どんな創作活動を行っているかについては案外誰も知らないはずだから、本作におさめられた唐の、年齢とはまるで無縁の精力的な狂いっぷりに多くの観客は唖然とするだろう。唐という偉大なる教祖にして偉大なるだだっ子に、劇団員たちは終始振り回される。別に経済的な保障などなく、ほとんどボランティアのような赤貧の暮らしを強いられる彼らは、しかも恣意的な注文づくしの唐十郎に、なぜかついてゆくのである。唐は、気まぐれに粘着質の狂人のごとく絡んでくるかと思えば、からりとした愛嬌と包容力で役者たちをなごませる。その挙動の振幅と、別にもはやそれをそういうものだと思って自然に(というよりそのアメとムチの個性を快く)受け止める団員のありようを、大島新は着々ととらえてゆく。
一切が真実または一切が嘘
胡乱さのかたまりの日常
もっともこれだけでは唐十郎をめぐるウェルメイドなドキュメンタリーで終わってしまうところなのだが、後半、大島新の誠実な質問に唐が食ってかかる一幕があって撮影が中断となる。が、近所で待機していた撮影スタッフがやにわに呼び戻されると、場は一転宴会となり、別人のように機嫌のいい唐に大島新は座興の演技を要求され、なぜかここで唐の司令のもと、被写体は唐ではなくなぜか大島新が演技させられているのだった。この一連の爆笑のシークエンスも、なんだかあやしい。唐は、明らかにカメラを意識していて、時おり居酒屋での与太話を中断して着衣のままコインランドリーのシャワーを浴びに行ったりと「アングラ」的サービスに余念がないのだが、撮影中断の部分も、「もっとこの作品を面白くしてやれ」と団員こぞって仕組んだふしもなくはない。事ほどさように、『シアトリカル』に描かれた唐の日常は、一切が真実かもしれないし、一切が嘘かもしれない、まさに胡乱(うろん)さのかたまりなのである。唐が上演後につぶやく「最高に難しいのは自分自身を演じることだねえ」のひとことには思わず吹きだしつつ、あっぱれと思う。
ここで想起するのが、『新宿泥棒日記』で唐十郎が横尾忠則に語る「本当の河原を見つけないと、アングラとかサイケとか小劇場運動とかいわれて一人前になっちゃうぜ」という台詞だ。状況劇場が最も熱くもてはやされていた時代のさなかにかくも冷静に急所をつかんでいた唐は、今もってあいかわらずのタフさで胡乱であり続けようとしている。ありとあらゆる文化の「河原」に白熱灯をあて風俗化、陳腐化してしまう今どき、往時と何もかわらぬこだわりで「本当の河原」を保存し続けようとする唐の気魄は壮絶だ。そして、早稲田の探検部であった大島新は、さしずめ「今もなお生きてゐたアンダーグラウンドの秘境」に乗り込んだ果敢なネモ船長というわけである。

































