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自意識のない子供たちを異物として描く

2008/08/20

●原題:看上去很美/2006年/中国・イタリア/92分/2008年8月23日(土)から、シアター・イメージフォーラムにて日本公開 
●配給:アルシネテラン

 四歳の子供とは何者なのだろう。

 自分のことを考えても四歳の頃のことなどほとんど記憶にない。とすれば、あれは自分であって自分でない。現在の自分とはつながりのない異物なのではないか。

 中国の第六世代に属する異才チャン・ユアン(『北京バスターズ』『ただいま』など)の新作は、子供を、子供としてというより、わけのわからない異物として描いた異色の、そして異様な作品。

 チアンという四歳の男の子が全寮制の幼稚園に預けられるところから始まる。母親は地方勤務。父親は軍のパイロット。両親ともに仕事が忙しく、育児に時間が取れないのでやむを得ず子供を一時、手放した。

本能のままに走り、暴れ、泣く

 全寮制の幼稚園というものの存在にまず驚かされる。まだ親と一緒にいたい小さな子供たちが集団生活を余儀なくされる。

 いきなり環境が変ってチアンは泣きじゃくる。女の先生たちがそれをなだめすかして、園内のルールに慣れさせてゆく。

 三、四十人くらいの子供たちが一緒に暮らしている。おねしょはする。朝、起きて、自分で服を着られない子供もいる。チアンもその一人。入園早々、おねしょをする。先生に手伝ってもらって服を着る。

 たくさんの子供たちが画面にあふれている。四人ほどの女の先生が、彼らになんとかしつけを教えようと必死になっている。プレスシートには「過剰な画一的教育政策」とあるが、先生たちはむしろ一生懸命やっている。放っておけば、秩序からはみだしてしまう子供たちになんとか、しつけを教えようとしている。

 しかし、まだ自意識がきちんと確立していない子供たちは、本能のままに行動する。おねしょはするし、おしっこはもらす。喧嘩はする。チアンはとくに先生たちから見れば「問題児」。

 好き勝手に振舞う。それでいて先生に叱られると泣き叫ぶ。手がつけられない。四歳のチアンに「画一的教育」に対する反抗の意識などある筈もない。ただ、本能のままに走り、暴れ、女の子に興味を持ち、泣く。

 その点で、もう少し年齢が上で自意識を持った子供たちの大人への反抗を描いたジャン・ヴィゴの『新学期 操行ゼロ』(1933年)や、フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』(59年)とはまるで違う。

風変わりな子供の映画

 この映画の子供たちの行動は、しばしば予測がつかない。大人の意表を突く。それは四歳の子供たちが、大人から見ればあくまで異物だからだ。先生たちは彼らをなんとか、異物から普通の子供にしつけようとするが、まだ子供以前の段階にある彼らは、べつに反抗する意識もないままに、先生たちのルールからはみだしてしまう。

 問題児のチアンは、おそらく自分がなぜ先生に叱られているのかよく分かっていない。だから先生たちはひたすら彼を持てあます。先生たちは決して抑圧者でも権力者でもない。ただ子供以前のチアンの意表を突く言動に振りまわされる。先生たちが気の毒になるほど。

 かつてフェデリコ・フェリーニは何百人もの赤ん坊が出演する映画を作りたいと夢を語ったことがある。異物としての子供に興味を持ったからだろう。フェリーニがこの映画を見たら驚くかもしれない。

 大人から見てまったく分かりにくい子供たちだらけ。とくに子供たちが、夜中に、女の先生を妖怪と思い込み、退治しようとぞろぞろとベッドに近づいてゆくところは怖い。こんな風変わりな子供の映画は珍しい。

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