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豪奢なるやんちゃと脱力の饗宴

2008/06/24

●原題:Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull/2008年/米/123分/6月21日から日本公開
●配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン

老熟とやんちゃが絶妙に同居した『ジョーズ』

TM&(C)2008LucasfilmLtd.. AllRightsReserved. Usedunderauthorization
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 わが国屈指の名職人監督・野村芳太郎は、生前、脚本の名匠・橋本忍にこのようなことを語ったという。評判の『ジョーズ』という作品を観たが、本当に評判にたがわず面白かった。だが、自分はもう二度とスピルバーグの映画を観ることはないと思う。なぜかといえば、『ジョーズ』は全てのカットがOKカットから成り立っている。そんなことは通常あり得ない。だから、今後のスピルバーグがどんなに頑張ろうと到底これを超えるものが出来るとは思われないので、自分はもう彼の作品は観ないのである、と。

 映画監督は「ヨーイ、スタート」で撮影をはじめ、「カット、OK!」でシメるのだから、どんな映画だって監督のOKカットから出来ているではないかという素朴な疑問もあるかもしれないが、よほどの巨匠監督でなければ、製作費とスケジュールのことを考えて、隅々まで思うようなカットが撮れなくても「OK」を出さざるを得ないことは多いのだ。したがって、くだんの野村芳太郎監督の感想は、撮影所のシビアな製作条件のもとで佳篇をなんとかひねり出してきた手だれならではの重いひとことなのである。結果、心ならずもの「OKカット」ばかりで映画が出来上がってしまって、自分の名義にすることがはばかられ、詠み人知らずの「アラン・スミシー」を名乗ることもままあろう。

 確かに『ジョーズ』はまだ二十歳後半の監督が撮ったとは思えない老熟とやんちゃが絶妙に同居したような魅力に溢れ、各カットも「OKカット」を疑うべくもない天恵を感じさせる。そして、テレフィーチャーの「刑事コロンボ/構想の死角」、「激突!」や映画『続・激突!カージャック』から『ジョーズ』、『未知との遭遇』へ至るあたりの70年代前半から中盤くらいまでのスピルバーグの記憶はすこぶる鮮やかで、当時の時代の記憶をふりかえるのも兼ねつつ、ここいらの作品群はいまだに幾度も見返す対象である。それが80年代の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』、『E.T.』以降になると、全般に子どもっぽく「OKカット」にこだわるフェティッシュさが薄れたオトナの職人仕事という感じがしてどんどん愛着が薄れ、『カラー・パープル』、『シンドラーのリスト』、『プライベート・ライアン』なんて誰かにまかせておけばいいのにと辟易し、『A.I.』、『マイノリティ・リポート』、『宇宙戦争』などは素材的に期待したものの、あの冗長で重たすぎるつくりはいったいなんなのかと嘆息していた。

シリーズ物のヒーローは一代でつぶすのが潔し

 そんな80年代以降の作品のなかでは、唯一84年の『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(冒頭の「エニシング・ゴーズ」のダンスからキン・フー映画の常連ロイ・チャオ扮する犯罪王登場への流れでずいぶんトクをしているが)は気に入っているので、今回の時ならぬ「インディ・ジョーンズ」復活はなんとかしてほしいものだなあと念ずるのであった。と言いつつ、あまり期待はしないようにスクリーンに向かったのだが、パラマウントのマークがプレーリードッグの巣に変わってエルヴィスの「ハウンド・ドッグ」が流れ、あたかも『アメリカン・グラフィティ』前夜のような若者たちが・・・この肩透かしめいた脱力ぶりはいい予感かもと思ったところ、今どき米ソ冷戦下の超能力合戦(!)を背景にロズウェル事件も絡めた宇宙人の骸骨奪還騒動が、ミステリー・サークルも鮮やかな南米の密林や遺跡を舞台に展開するという、それはもう嬉々とした荒唐無稽ぶりである。そこへショーン・コネリーの遺影や第一作のカレン・アレンの再登場(ほとんど寅さんと腐れ縁の浅丘ルリ子である)などサーガならではの味つけを施したり、老体に文字通りムチ打って奮闘のハリソン・フォードの活劇パーツを補うべく『トランスフォーマー』のどん臭い二枚目(本作ではそこがよかった)シャイア・ラブーフを息子役に起用したり、とんでもない嘘ばなしのてんこ盛りのなかにも種々工夫と気配りの跡が見えて好ましい。

 演技マシンともいうべきケイト・ブランシェットが今回は軍服にサーベルの人間人形ぶりで実に楽しそうに悪役を演じている。その不死身の彼女とシャイア・ラブーフとの疾走する車上での長い剣劇などはVFXの恩恵ゆえに出来たシーンであるとはいえ、監督がなるべく『~魔宮の伝説』のトロッコの場面のようなアナログ感を残そうとしているのが悪くない。ラスト、結婚式の教会に風にのって飛んできたインディの帽子をジュニアが手にとって、すわ商売絡みでジュニアが二代目インディを世襲したらいやだなあと思いきや、親父がそれをぶんどっていってホッとした。寅さんもインディも、シリーズ物のヒーローは一代でつぶすのが潔しである。

 前作から20年近く過ぎての大ヒット作続篇といえば『ゴッドファーザーPARTⅢ』でかなりがっかりした記憶があるので、観る前は心配であったが、本作は還暦を過ぎたスピルバーグの老熟はむしろ退き、構成のまとまりよりもやんちゃなアイディアづくしで突っ走った。こういう脱力したスピルバーグを、実はずっと観たかったのだが。

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