ヘッダーの始まり

グローバルナビゲーションの始まり
ホームニュース特集インタビュー動画コラムレビュー(選択中)ランキングフォトギャラリーピックアップ
最新映画情報V ブログ教えて!エンタ業界転職情報フロムジャパンV プラスメールマガジンプレゼント映画データベース
パンくず式ナビゲーション

アンビバレントな主人公の美しさ

2008/05/13

●原題:THERE WILL BE BLOOD/2007年/アメリカ/ドルビーSRD/シネマスコープ・サイズ/158分/4月26日より日本公開
●配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン

尋常でない音楽で浮き上がる、主人公の心象風景

©2007 BY MIRAMAX FILM CORP. AND PARAMOUNT VANTAGE,A DIVISION OF PICTURES.ALL RIGHTS RESERVED.
©2007 BY MIRAMAX FILM CORP. AND PARAMOUNT VANTAGE,A DIVISION OF PICTURES.ALL RIGHTS RESERVED.
 楽しい場面には長調の弾む音楽を流し、悲しい場面では哀切な短調の曲をかける……。エンターテインメント一辺倒の作品は別にして、少しでも才気ある現代の映画作家は、こういう素朴な音楽の使い方を基本的に避けて通る。音楽に頼ることなく、映像のみで表現する方が今は評価されるからだ。

 ところが、アメリカ屈指の気鋭ポール・トーマス・アンダーソン監督は、石油採掘に取り憑かれた男を描いた新作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で、劇伴音楽を前面に強く押し出してきた。

 男が野心をたぎらせた時には、不協和音を主体にした毒々しい曲を、油井櫓が爆発した時には土俗的な打楽器を使った緊迫した曲をうるさいくらいの大音量で流す。主人公の尋常ならざる心象風景が、尋常でない音楽によって浮き上がってくる。

 アンダーソン監督は、前作『パンチドランク・ラブ』『マグノリア』の作曲家ジョン・ブライオンではなく、今回、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドを起用した。そこからも、この新作では音楽に多くを語らせようとしていたことがうかがえる。

 狂気の野心家ダニエル・プレインビューを演じたダニエル・デイ=ルイスはアカデミー賞にふさわしい演技だった。しかし、音楽を聴かないようにして見てみると、画面の迫力はやはりかなり減じていた。この作品の主役は、グリーンウッドの音楽だと言っても過言ではない。

「説明病」に侵された現代への異議

 音楽が激しく主張する分、脚本はあまり主張しない。いや、脚本が語らない分、音楽に語らせたといった方が正しいだろう。1927年に書かれた原作をアンダーソン監督自身が大幅に脚色しているのだが、この脚本は観客にとって実に不親切である。すべて説明されていないと納得しない現代の観客への挑戦とも受け取れる。

 舞台は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカ。一攫千金を目指すダニエル・プレインビューは、狙いを金から石油に切り替え、あらゆる手段を用いて富を築いていく。周囲の誰をも信用することなく、すべてを自分で決定し、邪魔になった人間はどんなに近しくても徹底的に排除する。

 映画は、プレインビューの異様な言動を微細に描写していく。しかし、その動機や背景については一切口を閉ざす。彼がなぜ金の亡者になったか、彼がなぜ他人を信用しないのか、観客は最後まで何ひとつ知らされない。ただただ、彼の異常さばかりが印象に残る。

 プレインビューが富を得て何をしたかったのかも全然分からない。ぜいたくな暮らしをしたがっている様子もないし、地位や名誉を欲しがってもいない。女を囲ったりするそぶりもなければ、子孫に財産を残したいという望みのかけらもない。

 現代は、心理学的な見方が蔓延していて、過去のトラウマや将来への不安などで人間の言動をすべて説明しようとする傾向が顕著である。映画や文学、美術など芸術作品も例外ではない。現代人は心理学による「説明病」に侵されているのだ。

 アンダーソン監督はこの映画で、そんな風潮に異議を申し立てている。過去も未来も語らず、過剰な心理描写もなく、ひたすら現在の表層を描く。それだけで、プレインビューというキャラクターを観客の心に焼き付けてみせた。それを補強したのが音楽であった。

主人公の純粋な狂気に引かれて

 プレインビューの、同情の余地もない純粋な狂気によって立ち上がってくるのは、資本主義の原初的な裸の構造である。理由も目的もない。ただ、富を拡大再生産することのみで回転する資本主義というシステム。プレインビューはそれを体現している。彼が体現する資本主義のシンプルなフォルムを、おぞましいとみるか美しいと見るか。そこは観客に委ねられ、音楽のみがヒントとして与えられている。

 個人的な感想を言えば、私はプレインビューの言動に、おぞましさを超えて、美しさを感じてしまった。彼は富を得るために、肉体を極限まで駆使する。冒頭20分間続く暗い坑道での孤独な金鉱掘りに始まり、油井櫓の爆発の際にも、彼は従業員の誰よりも早く櫓に駆け出す。油で顔を真っ黒にしながら、先頭を突っ走るのだ。

 プレインビューは、資本主義のフォルムが目に見え、耳に聞こえ、肌で感じ取ることができていた。ひるがえって、現代の資本主義はどうか。もはや人間の肉体とは完全に遊離したところで超高速回転を続けている。現代の資本家はオフィスの奥で、何も見えず、何も感じ取れない場所で、架空の金を右から左へ動かしている。

 現代から見れば、プレインビューの狂気の肉体性は美しい。ただし、その無目的性は現代を予言している。プレインビューに引かれるのは、そんなアンビバレントな存在だからである。

BOOKMARK Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 Buzzurlにブックマーク はてなブックマークに登録   E-MAILメールで送る   PRINT印刷する


パンくず式ナビゲーション
広告エリアの始まり

フッターナビゲーションの始まり
フッターの始まり