ある夏の日、両親のもとに帰省した息子・横山良多。はしゃぐ姉の子どもたちとともに騒々しい一日を母・とし子の手料理を食べながら過ごす。彼の目に映るのはくすんだ過去の自分と老いた両親と家屋。手を差し伸べたいが、いまさら、の照れに気付かれないうちに引っ込める——。良多を演じた阿部寛さんにコメントをいただいた。

是枝裕和監督の描かれた家族観をどう思われましたか
台本を読ませてもらったとき、すごく共感できました。是枝監督はお母様を亡くされて脚本を書き始めたそうですが、僕も同じように母を亡くしています。映画の中のセリフにもありますが「いつも、ちょっと間に合わない」という感覚は実感として持っています。
家族って、近くて遠い存在だと思うんです。ついつい後回しにして、肝心なことが言えなかったり、出来なかったり。映画の中でもそうだけど、両親の老いだったりを実感したときにも、何も出来なかったりと。それを後になって後悔するんだけど、そのときにはやっぱり気づかないのかも知れない。家族とはそういうものなのかなと思います。
家族って、近くて遠い存在だと思うんです。ついつい後回しにして、肝心なことが言えなかったり、出来なかったり。映画の中でもそうだけど、両親の老いだったりを実感したときにも、何も出来なかったりと。それを後になって後悔するんだけど、そのときにはやっぱり気づかないのかも知れない。家族とはそういうものなのかなと思います。
良多として生きた中で印象に残ったロケ地、セット、小道具を教えてください
・家屋のセット
実際には撮影で映らないような箪笥の引きだしの中にまで物が入っていたり、縁側の下に割れた瓦が置いてあったりと、それがすごく自然で。
・お風呂場
久しぶりに帰った実家の風呂場で、タイルが剥がれているのに気づくシーンがありますが、僕自身同じ経験があるもので。そのとき、時間の経過とか、気づかぬ間に過ぎ去った家を出てからの年月をあらためて感じ、今まで意識していなかった両親の老いというものに触れた気がしました。まさに良多が実感することと同じでした。そういう意味で、あのシーン、あのセットでの撮影は印象的でした。
実際には撮影で映らないような箪笥の引きだしの中にまで物が入っていたり、縁側の下に割れた瓦が置いてあったりと、それがすごく自然で。
・お風呂場
久しぶりに帰った実家の風呂場で、タイルが剥がれているのに気づくシーンがありますが、僕自身同じ経験があるもので。そのとき、時間の経過とか、気づかぬ間に過ぎ去った家を出てからの年月をあらためて感じ、今まで意識していなかった両親の老いというものに触れた気がしました。まさに良多が実感することと同じでした。そういう意味で、あのシーン、あのセットでの撮影は印象的でした。





















































