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『歩いても 歩いても』是枝裕和監督
人が集まって食べるということ

2008/06/23

台所からの音でつむがれる娘と母親のやりとり

 是枝裕和監督の新作『歩いても 歩いても』は、真っ暗なスクリーンの中から聞こえる、ある音から始まる。やがて画面が明るくなると、それはにんじんの皮をこそげ取っている音だということがわかる。場所は台所。にんじんを持っているのは母親で、隣では里帰りしてきた娘が大根の皮を剥いている。季節は夏。長く自宅で開業していたものの、今は引退した医者である横山恭平一家の平凡で特別な一日がゆっくりと紹介されていく。

 「最初に台所の音でスタートしようということ、そこにいる、今は嫁いだ娘と母親のやりとりから始めようということは早い段階から決めていました。ああいう時、母親って朝から晩まで台所にいるものですよね」

食べ物を作るということを湛然に描く

 この日は15年前に亡くなった長男・純平の命日。普段は老夫婦だけで暮らす家に長女のちなみ夫婦と2人の孫、次男・良多と妻ゆかり、彼女と前夫との子である10歳のあつしが集まってくる。母は朝から昼食の準備に余念がなく、大根のきんぴら、豚の角煮、とうもろこしのかき揚げ、枝豆とみょうがの混ぜ寿司といった料理を手際よく作っていく。

 「実はそんなに食べるシーンを撮っているわけではないんですが、食べ物を作るということは湛然に描いていこうと思いました」

 その言葉どおり、野菜の皮を剥くことから始まり、おいしそうな音を立てて揚がっていく天ぷら、子どもたちも一緒に作るおやつの白玉と、見ているだけで、味見をしてみたくなる場面が続く。ほとんど台所に立つことがないという是枝監督も、劇中の良多と同じく、とうもろこしの実をはずしたり、白玉をこねたりといった、遊びの延長のような手伝いはよくしていたという。

 「とうもろこしのかき揚げは僕の好物でした。おいしいですよ。高いわけじゃないのに、親父の給料日とか、特別な日に母親がよく作ってくれました。みょうがはずいぶん年がいくまで食べられなかった。なのに里帰りをすると、なぜかよく出されて。独特の音がするから、切り始めたのを聞いているだけで『あ、みょうがだ』と気づくんですよね。その度に『また、食わそうとするのか!?』とふとんの中で思った、記憶のある音です」

食べる環境から食そのものへ

 「家族の物語」ということではこれまでの作品とのつながりを感じさせるが、今回は初めて料理そのものにこだわった。

 「『誰も知らない』では、母親がいる時に食べる引越そば、いなくなった後に食べる年越しそばと、おそばを繰り返し食べるようにしました。でも、描いたのは、出前のそばからカップ麺に変わるというような食べる環境、あるいは、座る配置の変化でした。それに対して今回のようなシチュエーションでは、人が集まって食べることや、食べることにまつわるやりとりが中心になりました」

なくなって初めて、その存在をリアルに感じる

 「家族」と並ぶ是枝作品のキーワードである「喪失」も、重要なテーマとなっている。そもそも、映画の出発点に監督自身の母親の死があった。

 「母親が亡くなったということを僕の中で消化していく時に出てきた話です。もともと『なくなってみて初めて、あるものの存在をリアルに感じる』という考えにひかれるところがあるんですが、今回も亡くなったことによってよりリアルに感じるようになった母親を、どう映画にするかという方向で考えていきました。今までの映画で描いてきた人間たちと同じように、母親を失った僕自身を対象化していったんです。生きている時はやっかいなことも多かった母親が、いなくなると、そのやっかいさも含めてちょっと懐かしいという視点から撮りました」

 15年という年月が経過した後も、家族の関係に複雑な影を落としている長男・純平の死。ぎくしゃくした一家の集まりにやってくる唯一の他人である良雄は、かつて純平が命を賭けて救った少年。命日の度に謝罪を繰り返しながら成長し、お世辞にも“立派”には見えない青年となった彼を、家族はそれぞれの目で見つめる。

歪みを補い合いながら生きていく“家族”

 「もし、良雄が立派な人だったら、あの母親は呼ばないでしょう。見たくないし、悲しくなっちゃうから。彼が帰った後にみんなで悪口を言ってる姿はニュースには出てこない画だけれど、人はそういうこと言うし、言葉にすることで整理できることもある。家族それぞれが違う目であの子を見ているっていうのが、おもしろいかなと思いました。今までは、『失っていくものをどうやって埋めていくのか』という視点で、悲しさも含め、人間が生きていくことの美しさみたいなものを描きたいなと思ってきたし、人がそれを乗り越えようとする姿を描くことが多かったけれど、今回は乗り越えきれなくて歪んでしまった人を出してみたかったんです」

 とはいえ、その歪みこそが人間らしさであり、お互いの歪みを認め合い、補い合いながらなんとか毎日を生きていこうとするのが家族であるということが、しみじみ伝わってくる。


photographs by Makoto Yoshioka, text by Yuu Sato



是枝裕和 Hirokazu Kore-Eda 1962年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出し、現在に至る。95年初監督した『幻の光』で、ヴェネチア国際映画祭金のオゼッラ賞を受賞。04年の『誰も知らない』では主演した柳楽優弥が最年少でカンヌ映画祭最優秀男優賞に輝く。ほか、『ワンダフルライフ』(99年)『ディスタンス』(01年)『花よりもなほ』(05年)と時代を反映させた作品で高い評価を得ている。

歩いても 歩いても 』 
●監督・原作・脚本・編集/是枝裕和 出演/阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也、田中祥平、樹木希林、原田芳雄 ●6月28日よりシネカノン有楽町1丁目、渋谷アミューズCQN、新宿武蔵野館ほかにて日本公開 ●配給/シネカノン
http://www.aruitemo.com/index.html



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