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ジュリアン・ムーアは“女性版”『タクシー・ドライバー』のデ・ニーロ
トム・ケイリン監督16年越しの夢『美しすぎる母』で奏でた“究極の愛”

2008/06/17
 ケイリンと聞けば、世界共通語となった競輪が真っ先に思い浮かぶ。こちらのケイリンは、日本ではなじみが薄いものの、人間に対する鋭い観察眼には定評がある。トム・ケイリン監督。デビュー作の『恍惚』以来、監督作としては実に16年ぶりの日本公開となる『美しすぎる母』が、東京・渋谷のBunkamuraル・シネマほかで上映中だ。名家の夫人が息子に殺されるという、衝撃の実話を基にした愛憎劇で人間の孤独、そしてもろさを鮮烈に描いている。

トゥルー・クライムものに不健康な興味

 「プロデューサーのクリスティーン・ヴァジョンと僕は、トゥルー・クライムものに対しちょっと不健康すぎるくらいの興味を持ってしまうんだ。この原作(“Savage Grace”)は、センセーショナルな面を持ち合わせているうえに、もっと深いもの、心情的にひきつけられる何かがあった。古典的なギリシャ悲劇を思い起こさせ、非常にひかれたんですね」

主演のジュリアン・ムーア(c) Lace Curtain, Monfort Producciones and Celluloid Dreams Production
主演のジュリアン・ムーア(c) Lace Curtain, Monfort Producciones and Celluloid Dreams Production
 コロンビア大学芸術学校の映画部門で准教授を務めているという。いかにもインテリ然とした風ぼうと理論的な語り口。原作と出合ってから16年ほどの歳月をかけた念願の映画化だけに、言葉にも自然と熱がこもる。

 実は、最初に映画化権を取得したのは、イギリスの作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェバーの製作会社。まさかミュージカルに? と思いつつも、夢は捨てず原作の著者と連絡を取りリサーチを続けた。その間、約10年。原作権が宙に浮いたところを自らの元に引き寄せ、企画が具体的に動き始めた。主演に指名したのは、ジュリアン・ムーアだ。

 「映画をつくることができたとともに、廃刊になっていた原作がジュリアンが表紙になって再販されたことが、大きな勝利だと喜びましたよ(笑)」

 主人公のバーバラは、大富豪ベークランド家の跡取りと結婚。持ち前の上昇志向を武器に、華やかな社交界で確固たる地位を築いていく。だが、徐々に夫の気持ちが離れていくと、その愛情は一人息子のアントニー(エディ・レッドメイン)に向けられる。それも、かなりいびつな形で……。

 「バーバラは、観客が見ても、ちょっと居心地の悪いところを持ったキャラクター。ひと言でいうならトゥー・マッチ。うるさすぎるし、派手すぎるし、強すぎる。そういうキャラクターの視点から物語をつくる、見せることが大きなチャレンジで面白くもあった。映画史をひも解いてみても、こういう理解しにくいキャラクターはけっこう出てくる。『タクシー・ドライバー』のロバート・デ・ニーロのように。でも、女性は意外と少ない。怒りも抱え、ナルシスティックで破滅的、そういうところが見応えのある役なんじゃないかと思う」

予想上回るムーアの神秘的演技に脱帽

 クランク・イン前にはかなりの時間を割き、2人で膨大な資料を検証、ディスカッションを交わしてバーバラ像を構築していった。撮影に入ってからも、1カットごとにセット、衣装、小道具のひとつひとつにまでこだわり、「ジュリアンは自分でいろいろと探求する余地を与えてほしいというタイプ。彼女は僕を指揮者のように思っていて、彼女がリアルだと思える環境をつくってあげることが大切だった。演出の仕方は、言葉だけじゃないんです」と振り返る。

アントニーが子どものころは、あふれんばかりの愛で包むバーバラだったが……
アントニーが子どものころは、あふれんばかりの愛で包むバーバラだったが……
 その言葉を裏付けるように、ムーアは夫が愛人と一緒にいるところを目撃し、衝撃のなかに怒りがこみ上げてくる表情、愛息に向けるまな差しの変化など、バーバラの感情の機微を的確に表現。そして栄華を極めながら、徐々に人間関係、精神のバランスを失っていく30年を演じきり圧巻だ。

 「観客にとって、1人の俳優の“旅”を追うことがすごく大切。バーバラが若いときのイメージを記憶として持ちつつ、その変遷をたどっていくことができる。例えば、アントニーが赤ちゃんのころに見せる愛情ある母親の姿が脳裏にありつつ、最後には美しかった関係がゆがみ破滅的なものに変わったところを見る。それを同じ俳優が演じるからこそ、さらに興味が増していくんです。ジュリアンは技術的な力量を持っているのはもちろん、純粋に本能からくる演技をする。神秘的で、どこから導き出しているかナゾ。本当にびっくりしました」

 主演女優に対し、感嘆とともに最大級の賛辞をおくる笑顔からは、全幅の信頼を置いていたことがうかがえる。人間は常に孤独であり、誰かの愛を求めている。だが、その方法が少しずれてしまっただけで、取り返しのつかない悲劇が生まれる。『美しすぎる母』は、その愛し方がお互いに不器用だったがために最悪の結果を招く。だが、ケイリン監督は「キャラクターたちに共感してほしい」と言葉に力を込める。

 「原作の書評には『愛の義務というシンプルな行為に失敗した物語』と書いてある。確かに、2人にはバランスというものが欠如していた。バーバラは決してアントニーを解放してあげなかったし、トニーもどんどん依存していく。そういう2人のケミストリーが悲劇を生んだ。自分としては、2人がそこまでいってしまったところに興味を抱く。彼らの気持ちが分かるという共感ではなく、ちょっと距離を置いて、人間だからこそとった行為なんだと思ってもらえればうれしいね」

トム・ケイリン Tom Kalin
1962年1月1日、アメリカ・シカゴ生まれ。84年、イリノイ大で絵画の美術学士号、87年にはザ・スクール・オブ・ジ・アート・インスティトゥート・オブ・シカゴで写真とビデオの美術学修士号を取得。92年、脚本も兼ねた『恍惚』で監督デビュー。サンダンス映画祭に正式出品されたほか、ベルリン国際映画祭のカリガリ賞、テディ賞など、ストックホルム国際映画祭で国際批評家連盟賞と、数多くの賞に輝く。以降、“Nomands”(94)、“Third Known Nest”(99)などを精力的に発表。一方、シンディ・シャーマン監督の『オフィスキラー』(97)では脚本、メアリー・ハロン監督の『I SHOT ANDY WARHOL』(96)ではプロデューサーを務める。また、エイズ活動家グループ「グラン・フェリー」の創立メンバーでもあり、ロサンゼルスのMoCA、ベルリンのネウ・ゲセル・シャフト・ファー・ビルデンド・クンストなど、さまざまな団体とビルボード広告、公共プロジェクトを手がけている。


美しすぎる母
●スペイン・フランス・アメリカ/97分/東京・渋谷のBunkamuraル・シネマほかで公開中●配給/アスミック・エース

text by Gen Suzuki



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