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大事なことはみんな映画から教わった
三谷幸喜最新作『ザ・マジックアワー』についての二三(以上)の事柄

2008/06/16
 映画の初日前日。『THE 有頂天ホテル』から2年のインターバルで新作を作り上げた三谷幸喜監督が、疲労の色を顕著にしながらインタビュー・ルームにやってきた。この映画のパブリシティで約150本近い取材をこなしたのだという。「僕一人でじゃないですけど」というが、ありとあらゆる媒体でお見かけする。並大抵ではない。「どれだけ多くのスタッフ、キャストがこの映画のために頑張ってきたか、僕は現場で見てきましたから宣伝でできることは全部やらないと申し訳ない。そういう思いをプロデューサーに伝えたらこんなことになってしまいました」と笑う(この努力が実ったことは、この翌日あきらかになった)。
 ただし「こういう形で宣伝活動できるのは今回が最後のような気がする」とも言う。リアルタイムでこれを目撃した方は希少な体験をされたかもしれない。

 脚本を書き終わった段階で「きっと面白くなる」という確信があった。

 「台本の段階で100だと思っても、キャスティング、準備、そして撮影していくなかでそれをキープしていくのは難しい。でも今回はこれまでになく保てた気がします。プラス、佐藤浩市さんが主人公を演じてくれたことによって、村田大樹という人間に僕すら予想しなかった悲しさや哀れみが加算された。『新選組!』の時も、想像を遥かに超えた芹沢鴨を人間的に演じてくれた。佐藤さんが演ると必ず僕が考える以上のものがついてくるんです」

 だがそれはアドリブによって作られたプラスαではない。

 「空気感ですね。セリフに関していうと、僕は佐藤さんほど台本どおりに言う俳優さんを知らない。100パーセント台本どおり。佐藤さんのほかのドラマを見ていても、『ええっ、これもっと書きようあるのに』と思うセリフなんかを、たぶん佐藤さんもそう思ってるはずなのに完璧に言う。そういう人なんです」

 台本の解釈の深さ。同じ台本を何通りにも演じるという演劇のセオリーを押さえている。ただし佐藤浩市に舞台の経験はない。

 「ちょっと怖いのは、もし言いづらいセリフや説明ゼリフを書いてもそのまま言われてしまうこと。そんなことあってはいけないので、脚本家としてはものすごくプレッシャーです。佐藤さんのセリフは決定稿にする前に細かくチェックしました」

 『ザ・マジックアワー』は、リアルを映しながら、ファンタジーでもある。

 最近の日本映画にこういうタイプの作品による成功例はあまりない。観客は守加護(すかご)にいるような気分を味わうと同時に、縦横無尽にカメラが動くなか劇場的な臨場感も味わえる。リアルと幻想の融和と、映画なのに舞台の面白さも味わえる不思議な作品。

 「守加護はどこか孤立というか隔離されてる感じの街。本当はホテル(『THE 有頂天ホテル』)のほうが閉塞感は強いはずなのに」

 観客は、まるでオズに導かれるドロシー(『オズの魔法使』)のように、守加護に誘われていく。

 「たぶん、それは種田(陽平)さんのおかげですね。街そのものをセットにして、スタジオの中で撮った。青空も夕景もCG。そういうふうに嘘の度合いが強い分、アンリアルな世界に入りやすいのかもしれません。ただディテールに関しては種田さんとずいぶん相談して、あまりそっちに行き過ぎないようにしました。どこかにリアルを残さないと映画ごっこみたいになっちゃうので。セットも衣裳もメイクも演技も全部そうですが、そのさじ加減が難しかったですね。日常の中の非日常からもうひとつ向こう側にある、ファンタジーの国の一歩手前にある街。その境界線を挟んだ狭間にあるイメージです」

 日常と非日常の境界線に映画の撮影を置いた。

 「“撮影所”は日常の中の非日常の位置にあって、その位置づけは『THE 有頂天ホテル』の“ホテル”に近い。『みんなのいえ』の時に助監督さんたちから、『いつか映画スタッフの映画を撮ろうと思うことがあったら、それは止めてほしい』って言われたことがあるんです(笑)。『リアルな撮影現場を見せられても僕ら全然楽しくないんです。むしろそっとしておいてください』みたいに言われて確かにそうだなと。でも僕がやるからにはそうじゃない形で描きたい。だからあの映画の現場はリアルなようで全然リアルじゃないんです。唐沢(寿明)さんのシーンはいくら大スターでも大げさすぎる。スタジオの中にテント張るスターなんていませんよ(笑)。あの照明も嘘っぽい。ただそこで働いてる人は本当で、雨を降らせていただいた方も実際の職人さんだし、そういうリアリティはあるんです。そこもやっぱりさじ加減なんですよね」

 現実の世界と幻想の世界を行き来する妻夫木の髪型。

 「一番難しかったのが妻夫木(聡)さん。彼はどっちの世界にも存在しなきゃいけない。彼が映画監督として現実の世界に来る時、どんな髪型をしているのかですごく悩みました。最初はふた昔まえの映画監督みたいにハンチングをかぶってもらうことにしたんですけど、衣裳合わせをしてみたらなんかそぐわない。悩んだ末に結局黒のタートルネックにジャケットを羽織り、髪をオールバックにして、サングラスをかけさせた。ああいう監督が今いるかって聞かれたらいないんですけどね(笑)」

 なにを映画的と感じるか。

 「一番大きいのはあの街の感じをどうするか。たとえば『あなただけ今晩は』の娼婦街やミュージカル版『オリバー!』のロンドンのセット、『マイ・フェア・レディ』や『メリー・ポピンズ』……。僕にはああいう作り込まれたセットがとても映画的だと思えたんです。種田さんもそれは理解してくれた。でも反対の意見もあって、プロデューサーの何人かからは、それは舞台でやればいいことで、映画的ではないという意見ももらいました。彼らが心配してたのは『ワン・フロム・ザ・ハート』になってしまうんじゃないかってこと。嘘が嘘にしか見えない世界。あれでコッポラは評判を落とした。でも観直すと、そんなに悪い映画じゃないんです。確かにあまり面白い作品ではないけど、それはセットのせいじゃない。セット自体は素晴らしいし、十分映画的だと思った。やはり問題は台本(ホン)だと。だから僕と種田さんは決めたんです。今回は開き直って、面白い『ワン・フロム・ザ・ハート』を作ってみせようって」

 『ハメット』『名探偵再登場』も参考にした。

 「昔の映画の手法ですよね。今ならロケにするところを、わざわさスタジオで撮る。『ハメット』や『名探偵再登場』の港のシーン。屋外なんだけど、不思議な人工感がある。『名探偵再登場』の霧にむせぶ港のシーンを、スモーク作りの名人、坪井一春さんに見てもらって、こういう霧を出すにはどうすればいいんですかって聞いたら、地面を濡らすんだって教えてくれました。地面を濡らすと霧が落ち着くらしいんですよ。だから最後の港の霧のシーンは『名探偵再登場』なんです。

 種田さんに教えてもらった『さらばモスクワ愚連隊』からもヒントを得ています。あの映画のモスクワのセットには全然人が歩いていない。そこを加山雄三 さんがふらふら歩いてバーに入る。そうするとわぁっと人がいるんです。守加護の街にはこの緩急を取り入れました」

 深津絵里さんの演じた高千穂マリのイメージは『シカゴ』のレニー・ゼルウィガー。

 「台本を書く時に誰か当てて書かないとイメージがわかないので、高千穂マリ役の俳優さんがまだ決まっていない時にイメージしたのは『シカゴ』のレニー・ゼルウィガーです。計算高いんだけど、決して器用ではない女性。彼女がステージで歌う歌は『ギター弾きの恋』でも使われた「アイム・フォーエヴァー・ブローイング・バブルズ」です。『ギター弾き~』にもショーン・ペンが月に座ってるシーンがありますが、僕のイメージは『グレート・レース』の西部の酒場で月に座って上から降りてきて歌うドロシー・プロバイン。それが月に見えるけど本当は書割にすぎない“ペーパー・ムーン”だというのも、すごくこの映画にふさわしいかなと」

 冒頭10分に見るさまざまな映画へのオマージュ。

 「映画へのあからさまなオマージュは普段やらないんですが、今回は映画についての映画でもあるので、臆面もなくたくさん投入してみました。

 冒頭の妻夫木さんのピンクの下着。あれ、西部劇でよく見かける奴です。なんていう名前なんだろう。例えば『砂漠の流れ者 ケーブル・ホーグのバラード』でジェイソン・ロバーズが着ていました。衣裳部さんに方々探してもらったんだけど、イメージに合うものが見つからず、結局作って、ピンクに染めてもらいました。あのくすんだ色を出すのが難しかった。

 足をセメント詰めにするのは、ギャング映画の王道『ビリー・バスゲイト』ではブルース・ウィリスがやられてました。あのタライもなかなかいいのが見つからず、スタッフさんに苦労をかけました。やっぱりプラスチックじゃ感じが出ないんですよね。セメントは実際は小麦粉を使ってます。試しに自分もやってみたけど、冷たくて気持ちよかった。

 時間経過を表す日めくりカレンダー。昔の映画ではよく見た手法。でも、参考にしようと思って探したら、なかなか見つからないんですよね。ようやくハワード・ホークスの『暗黒街の顔役』の中にそれっぽいのがありました。あのカレンダー、昔の感じを出したかったので、CGは使わずに実際にスタッフが針金でめくってるんです。

 ワイプも最近はあまり観ない手法です。古い映画のいろんなワイプを見て、どれにしようか編集の上野聡一さんと相談しました。結局、テレビドラマの「エラリー・クイーン・ミステリー」の、くるっと画面がひっくり返る感じのワイプが一番いいということになって、それを参考にしました。「エラリー・クイーン・ミステリー」自体が昔の探偵映画のオマージュでもあるんですけどね。

 西田敏行さんのボスは、『ゴッドファーザー』のマーロン・ブランドと『アンタッチャブル』のデ・ニーロ扮するアル・カポネをイメージ。名前の手塩(テシオ)は、『ゴッドファーザー』の登場人物から採りました。彼が被る帽子は、『スティング』に登場する洒落者の詐欺師キッド・ツイスト(ハロルド・グールド)の被っている帽子を参考に、作ってもらいました。

 ついでに言うと、本物のデラ富樫は『コンドル』の殺し屋のマックス・フォン・シドーのイメージです。こちらも映画をスタッフに観てもらって、同じような衣裳、眼鏡を揃えてもらいました。ネタばらしになるので言えないのですが、本物のデラを演じる俳優さんの面影が、マックス・フォン・シドーに似ているんです。昔から思っていた。僕の夢は彼で日本版『エクソシスト』を作ること。

 妻夫木さん扮する備後の忠実な部下、鹿間(伊吹吾郎)のキャラはどこから来ていたかわかりますか? 寡黙なんだけど、機転が利いて、ご主人さまのために命がけで尽くす、頼れるパートナー。そう、『ウォレスとグルミット』のグルミットです。さすがに伊吹さんご本人には、元がイヌだとは言えませんでしたが。

 映画ネタは、冒頭10分でこれだけあります。全部語っているとキリがないので、この辺で」



三谷幸喜 KOKI MITANI 1961年東京都生まれ。日大芸術学部演劇学科卒業。在学中の83年に劇団「東京サンシャインボーイズ」を結成。その後、舞台・テレビ・映画の脚本・演出を多数手がける。映画の脚本、監督作品は『ラヂオの時間』(97)『みんなのいえ』(01)『THE有頂天ホテル』(06)。



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