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『齋藤敦子が見たカンヌ注目作』
Vol.8さすらいのヴェンダース“PALERMO SHOOTING”

2008/05/25
 フィン(ドイツのパンクバンド「ディ・トーテン・ホーセン」のリーダー、カンピノ)は成功した写真家。彼の生活は彼の写真のようにファッショナブルでスタイリッシュだが、朝から晩まで携帯が鳴り止むことはなく、短い眠りは悪夢でしかない。そんなストレス過剰なデュッセルドルフでの生活を捨ててパレルモへ逃れたフィンは、彼を付け狙う死神フランク(デニス・ホッパー)の放つ矢をかわしながら、聖母の目をしたフラヴィア(ジョヴァンナ・メッゾジョルノ)に出会い、恋に落ちる……。

 オープニング・クレジットに映画の製作会社の名“NEUE ROAD MOVIES(ノイエ・ロード・ムーヴィーズ)”が現れる。そうか、ヴィム・ヴェンダースは古い“ロード”を捨てて、新たな道に踏み出したのだな、と思う。だが、このロードはいったいどこへ続いていくのだろう? 見終わると、そんな疑問が浮かんでくる。

 映画作家としてのヴェンダースの成り立ちの道は、ヨーロッパからアメリカに向かい、テキサス州パリスの近くにあるらしい、何もない荒地にいったん消えた。そこからヨーロッパに戻った彼は、ベルリンを東西に隔てる壁の間のノーマンズランドに天使を降り立たせた。やがてベルリンの壁は消え去り、映画監督として功なり名とげたヴェンダースは、その後、主として南北アメリカで映画を作ってきた。今回、生まれ故郷のデュッセルドルフを新しい道の出発点に選んだ彼は、しかし、パレルモで何を見ようとしたのだろうか。聖女? 死神?

 CGを多用したフォトジェニックな映像(撮影はもちろんHD)は、すべてにピントが合って1点の陰りもない。16ミリのざらざらしたモノクロームで『都会のアリス』を撮っていた頃から随分遠くに来てしまったものだと思う。けれども、大音量で流れるロックをBGMに、さながら動くアート写真のような見事な映像に乗って、あっという間にパレルモに着いてしまうフィンを見ていると、ドイツの田舎道を行ったり来たりしていた『さすらい』のルディガー・フォーグラーとハンス・ツィシュラーのゆるゆるとした無駄な時間が懐かしくなってくる。成功したヴェンダースには、まわり道をする必要がなくなったのだろうか。だとしたら、なんという皮肉だろう。(5月25日 齋藤敦子)


齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。

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