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『齋藤敦子が見たカンヌ注目作』
Vol.3 復活、レオス・カラックス『TOKYO!』

2008/05/19
 ミシェル・ゴンドリーレオス・カラックスポン・ジュノの3人が、東京をテーマにした映画を撮る?——それぞれ個性的な映像世界を持っている彼らが、どんな視点から東京を切り取ってみせてくれるのだろうか?——そう聞いただけでわくわくする企画、それだけで半分は成功したも同然だ。

 ミッシェル・ゴンドリーの『インテリア・デザイン』は、田舎から出てきた映画監督志望の青年(加瀬亮)とガールフレンド(藤谷文子)が、友人の狭いアパートに居候して下宿と仕事を探そうとするが、どちらもうまくいかないまま、次第に二人の間に距離が生まれ、内気な娘は椅子に変身してしまうというファンタジー。レオス・カラックスの『メルド(糞)』は、いつからか東京の下水道に住み着いたメルド(ドゥニ・ラヴァン)が、地上に出ては悪さを繰り返し、あげくは地下で見つけた手榴弾を投げまくって、ついには捕まって死刑になるという喜劇仕立て。ポン・ジュノの『シェイキング東京』は、他人との接触を一切絶った引きこもりの男(香川照之)が、突然起こった地震でピザのデリバリー係の娘(蒼井優)が部屋の中に倒れこんだおかげで、再び他人と接触する意欲を持つまで。

 まずは日仏韓の合作という、普通に1本の映画を撮るより、3倍も困難な道をあえて歩み、こうして完成までこぎつけた製作関係者に敬意を表したい。おそらく、この映画の意義は、仏韓のスター監督に東京を撮ってもらうという企画本来の目的以上に、早すぎる隠遁生活を送っていたレオス・カラックスを再びカメラの後ろに立たせたことだったと私は思う。ゴンドリーもポン・ジュノも、これから数多くの作品を撮っていくだろうし、このささやかな作品は彼らのフィルムグラフィーの中に埋もれてしまうかもしれない。しかし、レオス・カラックスにとっては、彼のフィルモグラフィーの中で小さな輝きを放ち続けるだろう。

 作品の質としては、これまでのカラックスよりはるかに落ちる。フィルムではない、初めてビデオカメラを使った、勝手が違う日本での撮影は、カラックスを大いに戸惑わせ、いらだたせたことは画面からも見てとれる。が、彼がこれほど正直に、赤裸々に、自分のことを告白した作品はこれまでなかった。緑色の奇抜な衣装を着て、片方の目が白く濁り、爪を長くのばして奇声を発する異形の人・メルドが、ゴジラの映画音楽にのって銀座通りを闊歩するのを、長い移動撮影で捉えた場面(撮影はカロリーヌ・シャンプティエ)の可笑しさ。カンヌでのインタビューで、カラックスはたびたび「メルドは僕だ」と語っている。フロベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と宣言したように。日本人に理由のない敵意をぶつけ、異様な外見だけで人から嫌われ、無知無教養で、誰からも理解されないメルドとは、自嘲気味に描いたカラックスの自画像にほかならない。これがきっかけで、カラックスが、まるでメルドのように地下から自在に抜け出し、地上でアナーキーな活躍をどんどんしてくれるようになったら、『TOKYO!』は作品的な価値をはるかに越えた貢献を世界の映画界に果たしたことになる。(5月19日 齋藤敦子)


齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。

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