昨年の『ペルセポリス』に続いて、今年もコンペにアニメーション作品が登場した。アリ・フォルマンの“WALTZ WITH BASHIR”(原題『ワルツ・ウィズ・バシール』)だ。
普通のアニメではなく、限りなくドキュメンタリーに近い、いわば“ドキュ=アニメ”。アニメといえばファンタスティックな楽しい作品が多いなか、1982年、レバノン大統領就任直前に暗殺された親イスラエル派の政治家バシール・ジェマイエルへの報復として行われたレバノン侵攻作戦に参加したフォルマン自身を含むイスラエル軍兵士の体験を元にした重い作品である。
フォルマンは、ある友人から、毎晩26匹の犬に追いかけられる悪夢を毎晩見るという話を聞く。その犬はレバノン侵攻作戦の際に吠えたてられるのを怖れて射殺した26匹の犬の幽霊なのだという。フォルマンは、自分には当時の記憶が消えていることに気づき、一緒に従軍した仲間を訪ねて、そのときの体験を聞かせてもらうことにする。やがて、彼らの話は“サブラ・シャティーラの虐殺”として悪名高いパレスチナ難民キャンプで行われた虐殺事件へと結びついていく。
普通のアニメではなく、限りなくドキュメンタリーに近い、いわば“ドキュ=アニメ”。アニメといえばファンタスティックな楽しい作品が多いなか、1982年、レバノン大統領就任直前に暗殺された親イスラエル派の政治家バシール・ジェマイエルへの報復として行われたレバノン侵攻作戦に参加したフォルマン自身を含むイスラエル軍兵士の体験を元にした重い作品である。
フォルマンは、ある友人から、毎晩26匹の犬に追いかけられる悪夢を毎晩見るという話を聞く。その犬はレバノン侵攻作戦の際に吠えたてられるのを怖れて射殺した26匹の犬の幽霊なのだという。フォルマンは、自分には当時の記憶が消えていることに気づき、一緒に従軍した仲間を訪ねて、そのときの体験を聞かせてもらうことにする。やがて、彼らの話は“サブラ・シャティーラの虐殺”として悪名高いパレスチナ難民キャンプで行われた虐殺事件へと結びついていく。
“WALTZ WITH BASHIR”はアニメではあるが、リチャード・リンクレーターの『ウェイキング・ライフ』や『スキャナー・ダークリー』のように、インタビュー部分などを実写で撮ってアニメ化したものだ。とはいえ、リンクレーターのデジタル・ペインティグより動きがはるかに少なく、強いていえば、フランク・ミラーのグラフィック・ノベルに動きを加えたような感じで、色彩もモノトーンに近い。
これほど重いテーマをアニメにする必要があったのだろうか。実は夜の闇と死の恐怖に満ちた兵士の証言を動きの少ないアニメの画面で見ていると、ふと、そんな疑問が浮かんでくる。実際にフォルマン自身も当初は証言を構成するだけの、映像のない、音だけの作品にすることを考えたこともあったようだ。しかし、映画の最後で画面がアニメから当時のニュース映像に替わり、虐殺されたパレスチナ難民の死体の山が映し出されると、アニメ化の疑問は氷解する。ニュース映像という現実に戻ったとき、それまでアニメとして抽象化されていた兵士たちの悪夢の記憶が、作戦に加わったフォルマン自身が自分の記憶から消さざるをえなかったほど強烈な悪夢の記憶が、観客である自分にも共通の記憶として心に刻まれていることに気づくからだ。(5月15日、齋藤敦子)
これほど重いテーマをアニメにする必要があったのだろうか。実は夜の闇と死の恐怖に満ちた兵士の証言を動きの少ないアニメの画面で見ていると、ふと、そんな疑問が浮かんでくる。実際にフォルマン自身も当初は証言を構成するだけの、映像のない、音だけの作品にすることを考えたこともあったようだ。しかし、映画の最後で画面がアニメから当時のニュース映像に替わり、虐殺されたパレスチナ難民の死体の山が映し出されると、アニメ化の疑問は氷解する。ニュース映像という現実に戻ったとき、それまでアニメとして抽象化されていた兵士たちの悪夢の記憶が、作戦に加わったフォルマン自身が自分の記憶から消さざるをえなかったほど強烈な悪夢の記憶が、観客である自分にも共通の記憶として心に刻まれていることに気づくからだ。(5月15日、齋藤敦子)
齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。
【"WALTZ WITH BASHIR"作品データはこちら】
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