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『ニュースの狭間』
米脚本家組合ストライキに見た
世代と国とメディアのギャップ

 
2008/03/06

ニュースの狭間
取材現場でふと目についたこと。毎日ニュースを報道していて、見えてきたこと。バラエティ・ジャパン編集部員が流れていく「ニュースの狭間」にあるトピックを取り上げ掘り下げていくコラム。エンタテインメント・ニュースから、世界が見えてくる。

 昨年11月5日、1988年以来19年ぶりに決行された米脚本家組合(WGA)のストライキ初日、記者はメルローズ通り沿いの米パラマウント・ピクチャーズ前にいた。

 スト開始予定時刻の午前9時少し前からWGAメンバーが集まり、やがて全員が赤いプラカードを持ってシュプレヒコールを上げながら行進を始めた。

2007年にもサイバーなストは起こらず

 正直、その様子は少し滑稽にすら感じた。あまりにもアナログな光景だったからだ。
 少なくとも記者のように90年代以降に社会人となった者にとっては、労組による真剣な「ピケライン」や「デモ行進」は、どこか現実味がなく、テレビのドキュメンタリーやドラマの中での出来事として、モノクロのイメージで頭に浮かんでしまう。

 それが、2007年のデジタル時代に、しかも明らかにネット世代の若い脚本家たちが、目の前でテレビで見たのと少しも変わらない方法でストを行っているのが驚きだった。こういうことはいくら時代が進んでも、実際に“人”が稼動して、集まって、叫び声を上げないと迫力がないのだろうか。なぜかコンピュータを駆使したサイバーなストが起こるのではないかと思っていた。

 また、慣れていないからだろう、初めのうちは号令に対して合わせる声がうまく揃わず、リーダーらしき人間が何度か全員を集めなおしては何かを確認し、また行進が始まる。そのリーダーと思われる男性もまた若く、おそらく19年前のストには参加していなかったと想像できる。彼も前日までに前回のスト経験者たちから「やり方」とか「コツ」をレクチャーされたのだろうか。そんなことを思うと、つい笑いが込み上げてしまった。


権利を主張する為には足並みを揃える

 今回、3カ月以上にも亙ったこのストライキ中に驚いたことは他にもある。

 アメリカ人の(日本人以外の多くの外国人がと言うべきか)“自分の権利を主張する”性格はわかっていたが、普段、個を大事にし、あまり協調性がなさそうな彼らが、こと権利や利益を守るためとなると、これほどまでに固く一致団結し、根気強くストをつづけられることに目を見張った。

 別の記事にも書いたが、日本だと放送作家や脚本家たちの組合がストを起こす姿はあまり想像できない。記者は日本の放送局で働いていた関係で多くの放送作家と知り合ったが、彼らの多くは“権利の主張”とは最も離れた場所で生きている気がする。

 ただWGAのストでは、疲れたら勝手に列から離れたり、行進の途中で雑談したり、遅刻する人がいたりと個人行動は多く、その辺はアメリカらしくてちょっとホッとしたりもした。


我が目を疑った再放送

 いちばん驚いたのは、ドラマだけでなく、トークショーと呼ばれるバラエティ番組が、脚本家たちのストが始まって間もなく、過去の再放送を流すようになったこと。出演者が話すジョークをほとんど脚本家が書いているからだ。

 はじめはこれが本当に起きていることだと信じられるまでに少し時間がかかった。それほど衝撃的だった。こういったトークショーはどこのネットワーク局でも毎日やっていて、司会者がスタンダップで旬な時事ネタをジョークにしてひとしきり喋ったり、ゲストコーナーがあったりという、いわゆるアメリカのバラエティ番組の定番だ。

 例えてみれば、ある日突然、「笑っていいとも!」が生をやめて再放送を流し出すようなもので、しかもその理由が「いつもタモリさんのトークは作家が書いてましたんで……」みたいなことである。制作者や出演者のプライドのかけらもないというか、あまりに堂々としていて呆気にとられる。

 さらに、再放送といっても「増刊号」のように何回かの放送を編集してダイジェストで見せるのではなく、過去の“ある日の放送“をそのまま垂れ流すのである。ゲストにずいぶん若いジョニー・デップが出てきたので整形したのかと思った。しかもずいぶん昔の映画の苦労話をしている。何の説明もなく。毎晩これがつづく。

 こういうことは日本のテレビではまずあり得ない。言葉やジョークの“質”の違いも大きいのだが、日本では出演者が喋るネタが、作家の書いたものそのままという番組は非常に少ない。

 もしそうだとしても作家がストに入ったからといって、普段の放送を止めたりしない。視聴者には関係のない問題だからだ。できるだけそんな“トークの裏方”がいるなどということは視聴者が感じないのがベストだから、なんとかして通常通りにつづけていくだろう。


不思議なテレビの国アメリカ

 このストライキに関するニュースは連日、全米のニュース番組で取り上げられた。WGAのピケラインが張られた各映画スタジオやテレビ局前では テレビのカメラクルーが報道体制をとる。彼らもこのストでWGAが闘っている相手なのだから、ちょっと不思議な光景である。
 
 テレビ局は、脚本家が自分たちに対してこんなストを起こしています、と報道し、どちらを応援しますか? とアンケートをとり、脚本家たちがいないのでバラエティ番組はできませんと再放送を流す。視聴者はそれを見てあまり疑問をもたずに納得し、対立するどちらかを応援する。できの悪いプロレス中継を見せられているようで、どうにも気持ちが悪い。

 この国と日本ではメディアのあり方が少し違うのかもしれない。長かったストがやっと終わった今、そんなことを考えている。


text by Kiyoshi Suzuki (Variety Japan LA)

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